The sweetest story of Raspberry ~3~ 秋空
秋は好き。あったかい日、寒い日、たくさんの感情が芽生えてくる。遠い空から、飛行機が雲を描きながらゆっくりとこっちにやってきた。
“おかえりなさい。”
私はそう、つぶやいた。
茶色いネルシャツで、巻いたピンクブラウンの髪が少し短く見える。夏休み中、彼は地元に帰っていた。周りが東京の渦に巻かれて、暑い暑いと唸っているころ、彼は北海道で大家族の面倒を見ていた。彼は長男で、下に妹2人、弟2人がいる。おじいちゃんおばあちゃんも一緒に住んでいて、お母さんとお父さんはすごく仲良しだという。もう北海道はすっごい寒いのかな。彼は第一声をなんていうだろう。
空港はたくさんの人で、彼が私に声をかけるまで彼が近づいてきたことにすら気付けなかった。と、いうか、彼だと思わなかった。髪を暗くした私とはまるで反対に、切った髪の毛に明るいメッシュをいれて、どんなおしゃれな美容室いったんだろうってくらい似合った髪型で登場したから。
「みく、髪の色変えたんだね。こっちのほうがいいよ。似合ってる。」
それが彼の第一声だった。彼には私の変化を隠すことはできない。別人になっても私のこと見つけて、そして、変わったねって言ってくるんだろう。それが、…ちょっと苦しい。気付くのだろうか。私の気持ちに。
「帰省、楽しかった?」
「うん。みくは?誰かに会った?」
―誰かに会った?
きっと、気付かれてるんだろう。
「かいくんひどっ。私だって友達くらいいるもん。」
秋空の下で手をつなぎながら、私たちはお互いの帰省について話した。かいくんは?かいくんは?って、私のことはもうどうでもよくて、とにかく彼に質問ばかりを繰り返した。彼に久しぶりに会えたことはとてもうれしくて、昨日なんてドキドキして夜の3時まで寝れなかったくらい。
「みく、なんか匂い変わった?ラベンダーの香りがする。」
唐突にそう言われて、私はどきっとした。やっぱりかいくんには、なにもごまかせないのだろう。
「んまぁいいや。俺、今日の夜サークルの集まりがあるから、明日ゆっくり話そう。迎えに来てくれてありがとう。」
「え…。あぁ、うん分かった。」
予想していた通り、彼は先輩たちとの仲が良いから遊びに連れてかれた。久しぶりに会えたんだけど、でもうれしすぎて何を話せばいいかわからなかったからまぁいいよね。…そうやって、自分に言い聞かせた。
私も、3週間だけだけれど実家に帰った。友達に会ったりお墓参りしたり、結構充実してた。でも、私はかいくんがいなくてさびしくて、かいくんが忙しいのはわかってるから、って無理してメールもしないで、なんだか精神的にはすごく落ち込んでいた。そんな時だった。街のショーウィンドウをぼーっと眺めていたとき、あるお店でポプリが売っていた。ハートの形の容器にバラの花が入っていて、すごく私好みのインテリアだった。しばらく、そこのお店の前でそのポプリを眺めながら、かいくん、私の匂いすきって言ってたからなぁ、いきなり変えたらびっくりしちゃうかなぁ…とか思ったりして少し恋に夢中になってみた。そしたら、隣りから懐かしい声がした。
「みくちゃんじゃん。久しぶりだねー。」
顔をあげて、その声を確かめると、やっぱりあき先輩だった。高校の時に本当に好きで、今でもたまに思い出してしまうくらい大好きだった人だった。2年ぶりである。この長い期間に、消えてしまったであろうこの人への想いは、ふわりと私のもとに戻ってきた。
「先輩、帰省中なんですか。」
私はあまり表情を変えないようにしながら、早口でそう言った。この声が懐かしくて、少しだけ喉が熱くなった。
「うん。みくちゃんも?大学、楽しい?」
先輩は笑顔で、私が見ていたポプリに興味を示しながらそうやって会話をしてくれた。
先輩とは部活が一緒で、妹のように可愛がってもらった。先輩と仲の良かった女の先輩に相談したりして、なんとかメールアドレスを聞き出したりしたけれど、なんだか勇気が出ないまま、先輩は部活をやめて、一年前に大学生になってしまった。先輩の存在はとても大きくて、本当は部活をやめた後も先輩のもとに行っていろいろお話をしたかったのだけれど、きっとうっとうしいんだろな、きっと私の気持ちを伝えたところで離れちゃうもんな、って自己暗示してしまっていた。
そんな先輩への少しの気持ちを残したまま、私はかいくんと付き合いだしていた。やっぱり、この人しかいないって思ったりしても、他にも違う人が存在するんだな、なんて思いながら。実際、かいくんのことは好きだし、別に先輩とどうこうなりたいとかじゃない。ただ、少し、気持ちが揺れて、先輩のことをぼーっと見つめてしまっただけだった。
「大学祝いに買ってあげようか。」
先輩はそう言って、笑って私を見つめた。え、何がですか、と私が驚くと、これほしいんでしょ?ってポプリを指差した。
「いやいやいや。そんな、ほんと、久しぶりに会ったのに変わってないですね。」
私はそう言って先輩のどこか変わった所がないか探したけれど、どこも変わっていなかった。高校のころに、私が相談をしていた女の先輩にからかわれてた寝癖をなでるしぐさも、全然変わってなかった。
「いいから。どれがいい?」
先輩は、私の手を握ってお店の中に引きずり込んだ。ポプリは4種類あって、モモ・グレープフルーツ・ラベンダー・ローズが並べられていた。私は匂いを確かめながら、その可愛いハートのポプリたちよりも先輩の笑顔にくぎ付けになっていた。
「ラベンダーがいいです。」
私は唐突に、そう思って口に出した。色の組み合わせがとてもかわいくて、さっき悩んでいたことなんてすっかり忘れて、先輩に言われるままにそのラベンダーのバラを手に取った。
「あ。これかわいい。」
でも先輩はそれを確認してラベンダーのポプリを手に取った次の瞬間にはもう、私に見えないところで、店員さんとアクセサリーの棚を見ていた。私はそれを見て、あ…変わってなさそうに見えてたけど、やっぱり変わってしまったのかな、と思った。つまり、彼には彼女がいるんだろうなって思った。
「あ、じゃあ買います。ラッピングできますか?」
先輩は私を手招きして、レジに向かおうとした。私はなんだか寂しくなって、首を振ってお店の外に出た。
(当たり前だよね。)
私は暑い日差しに参ったなぁと空を見上げながら、先輩が変わっていないと思った自分の鈍感さに嫌気がさした。自分だってかいくんがいるのに、どうして先輩にはいないと思っちゃったんだろう。というか、なんでかいくんがいるのに、私はこんなに傷ついているんだろう。空はまぶしすぎたから、私は日陰を探して入り込み、先輩が戻ってくるまでかいくんがくれたストラップを見つめていた。
「ごめんね暑かったでしょ。て言うか急いでなかった?勝手に呼びとめて店の中連れ込んでごめんね。これ。可愛くラッピングしてくれた。みくちゃんに合うよ。」
私は綺麗にラッピングされたポプリを受け取って、ありがとうございます、と笑ってみた。うまく笑えてるか不安だったけど、先輩が満足そうだったから自然と笑顔になった。
「それ、誰かにあげるんですか?」
先輩の前での初めての勇気。こんなこと聞く勇気、高校では持ち合わせてなかったんだけどな。
「あ、うん。ありすにあげんの。あいつうるさいからお土産。」
その名前に、ただ、私は表情を変えないように必死だった。
―あ、じゃあ帰ります。
私はそう小さくつぶやこうと、口を開こうとしたのだけれど、声がふるえそうでそのまま沈黙してしまった。
「ありす、すごいみくちゃんと仲良かったよね。今年は忙しいから帰省しないって言ってた。みくちゃんに会ったって今度言っとくね。次は年末かなぁ。」
そんな沈黙をかき消すように、先輩はありすさんのことを話しだした。仲良かったから、なにも考えなくても、ありすさんのことが頭に浮かぶ。
「あ、今ね、ありす髪の毛赤いメッシュ入ってんの。ショートでピアスもしてるしマジ怖いよ。みくちゃん会ったらびっくりしちゃうかもね。」
私は苦笑いしながら、ありすさんのことを笑顔で話す先輩をただ見つめていた。
「てか、みくちゃんたぶん髪の色暗いほうが似合うよ。秋だし、暗くしたりしないの~?今もいいけど。本当に、変わったねー。」
私はそのまま、用事があるから帰りますと言って、先輩が呼び止めるのを聞こえなかったふりして街の中に紛れ込んだ。
あの二人、付き合ってるんだ。
私は、家に帰ってお風呂に入りながら、いたんだ髪の毛に指を通して遊んでいた。結構明るくしたからなぁ。私は高校の時の髪型を思い出しながらため息をついた。
ありすさんは、ずっと私の味方だった。大好きな女の先輩の一人で、なんでも相談に乗ってくれた。サバサバしてて、でもどこか冷めた部分があって、ときどき私は落ち込んでしまったりもした。
噂によると、ありすさんとあき先輩は同じ大学に通ってて、今でも仲良くしているのだという情報はもらっていた。でも、付き合ってるなんて知らなかった。好きだったのかな?私が相談してた時にも、もうすでに好きだったのかな?いつから付き合ってるんだろう。私があき先輩のこと好きだっていうの、知ってて付き合ったんだ。
私はどんどんつらくなってきて、頭からお湯を一気にかけた。私があき先輩を好きだったことなんてもう関係ないじゃない。私はかいくんが好き。私はかいくんのことだけを見つめてればいいんだから。
私は、この帰省を思い出して、再びかいくんに会うことを少しだけ恐れていた。大好きなのに、先輩に会った、ただそれだけのことで揺れてしまう自分に悲しくなったから。
私はかいくんが帰ってくる前日に、髪の毛を染めなおして、玄関にラベンダーのポプリを置いた。
もうすぐ、夏休みが終わる。少しだけ短く見える前髪を手ぐしで整えながら、私はかいくんの後ろ姿をそっと見送った。ラベンダーの香りが、風に乗って、彼のもとに届いた。

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