The sweetest story of Raspberry ~2~ 信じること
大学3年になってもこんなに意地はってる子なんてめったにいない、といつも笑われる。
“好きな人なんかいない。”
いつもそうやってはぐらかしてしまう。だって、みんな知らないし。そりゃ、共通の友達だったらいうかもしれない、でも、言う必要ないじゃない。
…ってそんなこと言いながら、恥ずかしがっているだけだってことは十分わかってる。
飲食店のバイトをしている私は、いつも先輩に車で迎えに来てもらっている。どうしても生活費が足りない私は、1年の時に今の飲食店に採用されて、初めてのバイトを経験した。30分でも多く入りたくて、自転車を毎日飛ばしてバイト先まで頑張っていっていた。けれど、そんな生活もだんだん慣れてきたころ、私をサポートしてくれていたまことさんが車を出してくれるようになったのである。最初は慣れなくて断っていたのだけれど、だんだん甘えるようになってきて、今に至っている。交通費が出るから、帰りは私よりも遅いまことさんに見送られてバスを使って帰っている。家の近くにバス停があるから、自転車よりもはるかに楽で、しかもはるかに安全だった。まことさんが私を車で迎えに来ることに慣れたきっかけとなったのは、近所で出た痴漢の事件だった。まことさんは、入る時間は一緒なんだから、通り道だし頼りなよ、と言ってくれた。すごく頼りになる人で、徐々に“先輩”から“まことさん”に変わっていった。
「れいちゃん。」
学校の近くの公園の前で待っていると、おなじみの車が目の前にやってきた。まことさんが私のことを見て、手を振るのも恒例で、これからもこんなことが続く気がしてた。もう、想いを伝えずにいて2年が過ぎたけれど、今も言うつもりなんてない。まことさんには、飲み会で詮索された時につい大っきらいとか言っちゃったし、今も憎まれ口ばっか叩いてる。言えない。…言えない。
「来月には俺、ここに車止めることもなくなるのか。」
2年間もずっと公園に迎えに来てもらっていたから、確かに違和感があって、そんなこと言われてしまうとなんだかさびしかった。
「まことさんいなくなったら、バイト全然行かなくなるからなぁ。」
車の助手席の前には、可愛いカントリー雑貨が置いてある。木こりみたいな森の妖精が本を読んでいて、“Welcome”という文字が並んでいる置物。前の彼女にもらってそのままだって言ってた。最初はからかって遊んでいたけれど、途中から、私はこの妖精たちに嫉妬し始めていた。なにがwelcomeよ、とか一人でつぶやいたこともある。私は恋をしていたけれど、まことさんは何も思っていないのである。そう思ったら、いいところなんてなくなって、飲み会になったら真っ先に“嫌い”という言葉が出てくるのである。
「ありがとう。」
それでも、車から降りるときは欠かさず目を見て、車の中でありがとうの5文字をいっていた。
バイトが終わるのが21:30で、それから私はバスに乗った。帰りはまことさんのほうが遅く、私はまことさんにお疲れ様ですと言ってからバイト先を出た。外に出ると雨が降っていて、6月の天気だなぁ、仕方ないなと思いながら折り畳み傘を出した。
バスが来るまでにあと10分ほどあって、私は湿ったベンチに座るのもおっくうで、そのまま携帯をいじりながら傘をくるくる回して遊んでた。
「あれ、れいじゃん。」
後ろから、聞きなれた声がした。びっくりした。
「学校?帰り遅いね。」
私は振り向いて、さきと目を合わせた。
「今日バンドだった。歌の歌詞間違えるとか初歩的なことしてしまった。」
そう言って彼女は笑った。相変わらずきれいな顔して、3年になってもまだ携帯からイヤホンを伸ばしていた。去年のクリスマスらへんにwalkmanを壊したらしい。バンドマンなのに大丈夫なのだろうか。
「キーボードの彼、覚えてる?もともと途中までしかできないって言ってたけど本当にやめるらしいよ。だからお別れ会的な感じでまたライブするからさ、れい来てよ。」
ストールを巻きなおしながら、さきはそう言った。私は行く人がいたら行くよ、とあいまいな返事をして、電車間に合うの?と言った。あわててさきは手を振って、ずれ落ちそうな鞄を抑えながら走って行った。
“さき、なかないの。”
去年の大みそかごろだった。さきに電話をかけたら、彼女は泣きながら、りゅうとの話をし始めたのだった。さきと私は仲が良いけれど、いつも連絡を取り合うわけもなく、2年も後半になって忙しくなってきたせいか、まともに顔を見る機会もなかった時期だった。さきはバンド以外、外に出ることもなくなっていたらしく、帰省もしていなかった。何があったのか聞いたら、りゅうとさきが別れていたのだった。
りゅうと私はそんなに接点があるわけじゃないが、さきとは同じ学部だから初めから仲が良く、去年の今頃の話も結構聞いていた。いきなり留学すると言っていたことには少々驚いていたが、人のことだからかそこまで実感もなく、相談や愚痴を聞くことはしたけれど、そこまでさきが追い詰められているなんて想像もしていなかったのである。
“私が悪いのはわかってるよ。りゅう君、クリスマスプレゼントもくれたのに。私なんて何も用意しないで…ただ別れようって…。何いっちゃってんだろ。もう、戻れないよ。”
さきの話を聞いていたら、なんだか泣けてきて、でもそうなるよな普通…とりゅうの性格を考えて思った。彼は忙しいと連絡なんてよこさない。私もそうだけど。たまに連絡をしたとしても、次の瞬間には寝てることだってある。りゅうの性格を知ってるから、私は無理に説得することもなくいたけど。
でも最近、りゅうに余裕が出てきたみたい。別れてからずっと連絡しなかったらしいけど、4月位に手紙が届いたらしい。達筆な字で、“誕生日、おめでとう。”って。…もうすぐ帰るから、って。さきの誕生日より少し遅い日のことだった。諦めていたさきへの最高のプレゼントだった。
さきはその時、ずっとただりゅうだけを好きでいたから、びっくりして、何が起きたのか分からなかったみたい。付き合っているんじゃないかっていう錯覚すら起こしそうな…。でも、別れていたから。さきはもう前みたいに思いだして泣いたりしてない。きっと、キーボードの人がいなくなったらりゅうが入るんだろう。
ある日、さきがまだその手紙をもらっていない時、まことさんの車に乗る私をみかけたらしい。ちょくちょく見かけてたみたいだけど、私は学校の人には何も言ってなかったし、言われたらいちいち説明してたけど、自分からは言う必要ないって思ってたから黙ってた。そのせいで、さきは少し勘違いしていた。
“彼氏?”
って言われて、どうしていいかわかんなくて、好きな人ですらないんだけどって言ったら笑われた。
“じゃあ、本当に好きなんだね。”
さきは意味深な笑い方をした。秘密握っちゃった、みたいな。私は恥ずかしくて、
“違うって。好きな人なんかいない。”
って、頑として言い続けてしまった。余計さきは笑って、でもちょっと真剣に、
“好きって気持ちくらいしっかり素直に想いなよ。”
と、きっと自分のことを思いながら、言った。りゅう君とはそれが食い違ってたんだって、さきの口癖になった。
“…うん。”
私は悔しかったけど、うなづくしかなかった。好きな人なんていない。それでも心で思いながら。でも少し、少しだけ、まことさんを思いながら。
私はそれから結構経つのにもかかわらず、まことさんへの気持ちは定まってなくて、素直になれない自分に嫌気がさした。でもしょうがない。だって、まことさんは私のこと子どもとしか思ってないし、実際好きな人なんか今までいなかったし、まことさんへの気持ちが恋なのか分からないのもあるから。
それから少したったころだった。まことさんが、急にバイトを辞めた。私がまことさんに遠慮してシフトを変え、時間を短くした時だった。車で送る必要がなくなったからなのだろうかと、私は冷静に考えた。店長に聞いたら、まことさんは急に忙しくなって、私のそれを聞いたとき新しい人を紹介してそのまま消えたらしい。いや、店長は愉快な人だからそういったのであって、たぶんまことさんならもっとちゃんとしてると思う。でもびっくりした。
「あ…まことさん?」
私はたまらなくなって、いきなり電話をかけた。また、雨が降っていた。
『れいちゃん?なにかやらかした?』
まことさんはそう言って笑った。
「いや…。やめちゃったんだね。」
私は何で電話したんだろうと思いながら、話題もなくその話を出した。まことさんは、ちょっと間をおいてから、うん、と言った。
「私、もう大丈夫だから安心してね。今までありがとう。」
お礼が目を見て言えなくて、今までとはちょっと違う空間に戸惑った。目の前にいないまことさんに対し、敬語を使いそうになる。まことさんと私はゲームをしていて、絶対敬語を使わない、というルールのもとで生活していたのだった。それがあったからか意識してしまったのだと思う。“ありがとうございました。”のころよりも、心をこめた、“ありがとう。”だった。
『きをつけるんだよ。』
まことさんは、就職したら地元に帰るらしい。帰ったら、もう、会えないだろう。
『てか今度、飲み会でもしようよ。』
まことさんはそう言って、私との予定を合わせた。二人でもいいや、って言いながら。きっと人は集まるだろうし、バイトが終わってからみんなを引き連れればいいから、私は気持ちに反してみんなを連れていくだろう。それでも、いいよね。さきみたいに、つらくなるかな?2年も秘めてた想いを言わずにはなれたら、つらくなるかな?
その後の飲み会で、私は、酔っぱらっていい気持ちになって、二人きりの時に告白して、ごめんって言われて、そして、夏になって、バイトを辞めた。バイト先には、まことさんが置いて行ったあの妖精のオブジェが飾ってあって、私をいつでも迎えようとしていたけれど、それを拒否したまま、りゅうとさきがまた付き合い出すころに、新しいバイト先で、また秘めるように恋を始めたのだった。

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