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第十六話 愛の物語

第十六話 愛の物語

 

私はサムの居場所を探しながら、どうしても伝えたい想いがたくさんあるのを抑えられずに、ただただ涙が頬を伝うたび足を止めた。私はどうしてこんなにもサムに惹かれていたのか。

御伽話なんて信じない。小さな子供のようにロマンに満ち溢れた恋愛なんて、運命なんて信じない。そうやって自分が信じていたのも…今はもう信じない。

目の前にある現実が、私の辿るただひとつの真実なの。いくら映画のような恋愛であっても、本当に起きてしまったのだから。信じたくなかったのかもしれない、いや、信じるのが怖かったんだ。予想は当たったから。こんなに素敵なお話にはきっと、悲しい結末が付き物だって。最初から分かってた。だから私、幸せを信じなかった。サムのことを選ばない自分に安堵を求めて、私の現実ではない現実に浸っていた。私はこの場所で生きているのであって、私は映画を見ている他人ではないのに。どうして分かってるふりをしながら、こっちのほうがいいって決めて、いつものようにこうなるのねなんて考えながら、他人が考えているような構図にしっかり当てはまってしまったんだろう。私が望んだことなの?私が選んだことなの?

 

…私が選んだことには、間違いないみたい。

 

「サ…サム!!」

いきなり、私は角にサムの後姿を見つけて、大きな声であたりを気にせず叫んだ。サムにもう一度会いたい。本当に、それだけが私を動かしているよう。

「ねえ、こっち向いてお願い…。」

やっと追いついて、私は彼の服をぎゅっと握った。

「ん?」

 

…振り向いたのは別人で、よく見たらサムとは似ても似つかなくて、私は絶望でいっぱいになった。そのままその人に倒れこんでしまう私。一気に力が抜け落ちてしまった。

 

「何で…。」

逸る気持ちを抑えきれずに口から飛び出そうとした言葉を制御しながら、私はそう言って彼から離れた。

「えっと…どなたかな?次の飛行機の便に乗らなきゃいけないから、用事があるなら今のうちに。町までバスで行くんだから。」

すぐ角を折れてまっすぐ行ったところに、空港までのバスが出ている。ずいぶん走ってきたようだ。気づかなかった。サムを探すのに夢中で、息が乱れて足が靴擦れしていることにも痛みは感じないくらい。

「次…ってあなた飛行機でどこに行くの?」

私はもう頭が真っ白で、もう自分が家を出てから三十分も経ってしまっていたことにどうしようもならない気持ちでいっぱいで、サムはまだこの地に居るのだろうか、もう空港のある町まで行ってしまったのではないかと、焦る気持ちを抑えられなかった。

「人探し?過呼吸になりそうだからひとまず落ち着くんだ、いいかい?」

よく見ると、その人は身なりや後姿がサムに似ているようで、どこか気品のある年上の方だった。落ち着かせようとゆっくり背中をさすってくれる彼を見て、余計にサムを思い出す。

「ごめんなさい…人間違いしてしまって…。」

一瞬忘れたかと思うと、発作のようにまた高鳴りこぼれそうになる涙。

「私はこれからパリに立つから、まだ便まで三時間あるけど、大丈夫かい?もし具合悪いなら人呼ぼうか。」

「…パリ…パリに行くの?」

親切なその言葉に感謝する暇もなく、私はその言葉だけを耳に留めた。

「えぇ、だからもう行かなきゃ…あ、ちょっと。」

私はその言葉を聞くや否や、もしかしたらその便にサムも乗るかもしれないと、すぐにバスの方に走ってサムの行方を捜した。

「サム…サム。」

めまぐるしく動く人々の中で、私は涙を流しながらサムの行方を追った。こんな格好で外を走っているなんて、お義母様がみたら具合を悪くしてしまうだろう。それくらい今の私には余裕がなかった。

「あと三時間…。バスで一時間かかるのに…サム…。」

バス停にはサムの姿はなくて、もしかしたらタクシーで行ったのかもしれない、もう出ようとしていたバスを無理やり止めて、私は空港行きのバスへ乗った。

 

サム…。待って。

心の中で唱えていた言葉が口から出始めてようやく、私は空港に降り立った。賑わい、あるいは涙を流してお別れを言う人々の群れ。私のように荷物ひとつ持っていなく、ただ立って誰かを見つめているような女は他に居ない。目標を探す力が一気に落ちてしまったよう。ボーっとして、道行く人々を目で追うだけ。

 

私の願いはただひとつ。

最後にもう一度だけ、もう一度だけ、幸せをくれたサムに会いたい。

 

…と、そのときだった。

「ごめんどいて、おっとそこの坊や危ないよ。ちょっとそこのお姉さんどい…。」

「え?」

後ろからバタバタ、という音がして、私の体がガクッと衝撃を受けた。

「うわ、ごめん!!」

前のめりになって倒れた私を、転ぶ寸前にある男が支えた。デジャヴを覚える体。

「だ、大丈夫?急いでて避け切れなかった、ホントごめん。」

白人の、少しパーマがかった青年が、…私のことを見て慌ててそう言った。

「…。」

彼は、自分の持った大きな荷物を下に置き、ゆっくり私のことを見つめて、固唾を呑んで動きを止めた。

 

…どこかで見たこの光景に、私たちは驚いたまま笑った。

 

「えっと、イヴ、…どうして?何してるんだよ…。」

サムはあの時と同じ強い目で、私のことを見据えた。でも何かが違うようだった。お互いに感じただろう。あの時と違うって。もう分かってること。

『…I will miss you.

私は口には出さずに、サムに気持ちを伝えた。貴方がいなくなると寂しいわ、愛しいの、サムが恋しいの、って。何回も声に出さずに、ただ口だけを動かす私。現実には出来ないの…ただ、ただ貴方を想うだけでいいから、今だけ想いを寄せさせてって。そういう気持ちをこの言葉に馳せて。

 

I miss you, already.

­­—俺はもう、寂しいよ。

 

サムは確かにそう口ずさんで、私の涙を拭いた。

「もう…行っちゃうの?」

私はその手を離れないように握って、サムの青い目を見つめた。揺らぐサムの瞳は、まだ感情を捨てられないのにあきらめようとした苦悩の表れ。

「行かないと…行かないといけないんだよ。」

頷きながら、サムは私の手をそっと離した。

「手紙は、読んだ?」

ゆっくりと、震えた声でそう言うサム。私に吊られて、泣きそうなの。

「読んだ…全部読んだわ。何で…なんで離れちゃうの?」

私は必死で、サムの言葉が欲しくて縋っていた。周りも少し気づいていて、私はそのことを気にしながらも抑えることが出来なかった。

「…でも…これだけ言いたくて。…本当にありがとう。」

私はすべてに対して、そう言葉を贈った。

好きになってくれて、いろいろなことを教えてくれて、楽しい時間を与えてくれて、幸せをくれて、…ありがとう、って。

 

サムはその言葉に一瞬目を細めて、いつもの笑顔を見せた。

「…離れるんじゃないよ。」

私の言葉を否定して、サムは下に置いた荷物を肩に背負った。もう、行ってしまう。私は胸の奥が熱くなるのを感じて、子供のころに感じた怖いような気持ちが襲い掛かってくるのを見て見ぬふりをした。そうでないと、つらくてこのまま引き止めてしまいそうだから。

「元に、戻るだけ…ただそれだけだよ。」

頭の中に浮かぶ、サムが持っていた私の幼い小さな願い事。なくなったと思って過ごしていた日々は、このことですべてを取り戻したの…?サムが居なくなることで、元に戻るなんて。

 

「君は幸せになる。…絶対だよ。」

「でも…。」

「俺らが会うのが運命だったのなら、君が幸せになるのも運命なんだよ。君が今から幸せになれるのは、昔から、運命だったんだ。運命に逆らわなくていいんだよ。運命だったんだ。俺らが出会うことすら、子供のころから、ずっと運命だったんだから。」

 

運命、運命と、私に言い聞かせるサム。私はこれで頷いてしまえば、きっとサムと離れてしまうんだと理解しながらも、震える唇をかみ締めて、うん、と頷いた。

「イヴ。」

離れかけた私をまた引き止めて、サムは私の名前を呼んだ。

「…ありがとう。」

そうやって笑って、最後に私の頭を軽く彼のほうに寄せた。

「ずっと…ずっと大事な貴女に。」

どこかで聞いたようなセリフと一緒に、どこから取り出したのか、何かを私の髪に挿したサム。

「母さんに、本当に愛している人にあげろって言われてたんだ。だからイヴに。」

それを聞いて、一瞬驚いた私は身動きが取れなかった。

「…そんな大事なものどうして…。」

「イヴだからだよ。」

「そんなこと言って、結婚することになったら、取り戻しに来るんでしょう?」

私は笑ってそう言った。周りがよりいっそうざわついてきて、そろそろサムも時間が迫っていることを感じる。

「いや…母さんも、別に父さんからもらったわけじゃないみたいだから。」

サムはそういって同じように笑うと、すごく似合ってる、と言ってもう一度頭をなでた。

「俺、世界一幸せだよ。」

そう言って、初めて…いや、二番目に会ったときのように、じゃあね、と言ってサムは人ごみの中へ走っていった。一度も振り向かなかった。私も、呼び止めようとはしなかった。ただそこにたたずんで、もう一生見れないだろうその後姿を見守っていた。人が辺りを覆って一瞬目を閉じたかと思うと、サムはその間にどこかへ消えてしまっていた。

 

私も、世界一幸せよ。

 そう一人静かにつぶやいて、私はまた、ゆったりとした幸せの中へ、ただ一人戻っていった。 

―親愛なる、貴方へ―

 

ねぇ、過去を振り返ると、本当に笑っちゃう。呆れるくらい、私の恋愛にはみんなの言うような幸せなんて、ほとんど見当たらなかったから。言うならば、そうね。ある男性が私を幼い頃から愛してくれていたことかしら。何もかもをゆっくりと流していた私に、そっと手を差し伸べてくれたの。

イヴは美しい。あなたは本当に美しい。何度も言われて、私も意識していた。男なんて要らない。ただただ、幸せを知りたかっただけ。でも私は最後まで、周りの先入観に押されるがままに、イアンとの結婚に踏み入れた。イアン・キャンベル、私の住む街の高級ホテルは、すべて彼の父親のもの。つまり、キャンベル家の御曹司と、私は一緒になった。

結婚が決まったとき、そりゃたくさんの人にうらやましがられた。私も、なんとなく幸せだった。優しい夫に、優しい彼の父母。完璧に飾られた私。ドレスも髪飾りも、今までの生活からは想像もつかないほどだった。私の名前がイヴ・アダムスからイヴ・キャンベルになった途端に、元の生活は何かの間違いだったのだろうかというほど、かけ離れたものとなっていった。

でもそれには崩壊が訪れて、さっき話した男の人が、私を救ってくれたのよ。私?私も愛していたわ。口には出せずにいたけど。もう会うことはないんじゃないかしら。…そうね。みんなの言うような幸せよりもはるかに素敵な幸せだったわね。本当に笑っちゃうわ、気づけなかった私に。私は本当に、幸せだったのね。なんて素敵な運命なのかしら。

 

運命といえば、子供の頃から忘れられないクリスマスイヴがある。

一度だけ、小さい頃豪華なレストランに行ったことがあったの。幼いなりに一生懸命お洒落して、妹のエマの手を握りながら母についていった。

そのときが、私にとって…きっと、最初で永遠の贈り物。

私の幸せを運んできてくれた運命の出来事なのよ。

だから忘れられないの。この恋のお守りのせいじゃないわ。今はもう、彼が毎年贈ってくれる紅茶とともに、幸せを噛み締められるお話なの。御伽話のようね。もう一度最初から全部聞きたい?いいわ、教えてあげる。でもその前に、この髪飾りを貴方に渡してから。素敵な髪飾りでしょう、大切にしてね。本当に愛する人に渡すのよ。幸せを信じなさい。ゆっくり探すのよ。世界一幸せになるためにね。私?私は今、本当に幸せ。大丈夫、きっと幸せになれるから。

 

イヴ・アダムス

  

Fin

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