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第十四話 事実

第十四話 事実

 

「いつ…?」

消えてしまいそうなくらい小さな声で、私はイアンに問いかけた。

「いつから知っていたの…。」

震えないようにしていても、声を出せば消え入りそうで、閉じていては手が凍えているように動いてしまう。

思い当たる節がないかと思い巡らせても、何もわからない。そう、何も分からないに決まってる。自分からイアンを突き放していたのだから。

「もしかして…マリア?」

最終的にそこまで疑ってしまう私が情けなかった。そして、その言葉に首を振ったイアンを見て、ため息と一緒に涙がこぼれた。

マリアに、イアンに、サムに。

申し訳なくて、これからどうすればいいのか本当に分からなくて、声に出せないまま、ごめんなさい、ごめんなさいって。口だけを動かして。

イアンはそんな私の手をそっと握って、

「僕が、彼のところに行ったんだよ。」

と私の涙を拭いた。

「サムのところに?」

「そう。マリアからは何も聞いていないけど、マリアが見ていた雑誌を見て何か感じるものがあったんだよ。」

握っていた手をゆっくりと離して、イアンはうつむいた。イアンの頭の中にはきっと、サムの顔が映っているのだろう。

「別に確信なんてなくて、ただイヴが飲んでいた紅茶を彼が作っていたのを知ったから、それもあって訪ねてきたんだけど。」

顎に手を当てて、気まずそうな顔をするイアン。話すのが気まずいんじゃない。サムと会ったときに気まずい思いをしたからだろう。

「彼は、いい青年、というにはあまりにも…何というか口が悪かったね。」

「何を言ったの?」

私はだんだんと落ち着きながらも、サムとイアンのことを聞いて焦りを覚えた。

サムが、何を言ったの?

「僕は、最初うちの会社と提携しないか頼みに言ったという設定、というかまぁそれでもいいと思って訪ねたのだけれど。彼は第一になんて言ったと思う?」

「何…?」

私はサムのことを思い出して、唇をかみ締めた。

きっとサムは驚いたでしょう。

きっとサムは怖かったでしょう。

目の前に、私の夫が現れたんだから。

「彼はね。」

今でもそんなに気にかかる言葉なのだろうか。なかなか言おうとしない。

 

「彼は、…『イヴはここには居ないよ、もうずっと来てない。あんた何か用?』…ってさ。」

 

私はその言葉を聞いて、頭を手で覆った。

「何様だとか思ったけど、若いからしょうがないかとか思って、まぁ冷静に対処したつもりだよ。」

イアンは、プライドを傷つけられるのが嫌い。それも、いつもはそんなに敏感じゃない。自分のライバルとなるような人を対象とすると、突然出来上がるプライド。

私に対してはすぐに謝るし、しっかり自分の意見を話してくれるけど、サムのようにしてしまうとイアンはすぐに眉をゆがませたりする。

もともとお坊ちゃまで甘やかされた面もあるから、ある程度そういう場面に慣れていない部分もあるのだけれど。

私はそんなイアンの一面を思い出して、余計に頭を抱え込んだ。サムは思ったことを素直に言ってしまうのだろう。

もう終わってしまった、私の知らない二人の会話にただただ何もなかったことを祈るばかりだった。

 

「だから僕は、イヴと何かやっぱりあるんだね、と言ったんだ。彼は少し驚いて、知らなかったのか、と呟いてね。それから二人で君のことを話したよ。」

 

君のことを話したよ。

 

いつイアンがサムのところへ行ったのかは知らないけれど、今日サムは何の素振りも見せなかった。むしろとても優しくて。告白までしてくれて。サムは私のことをどんな風に思っていたのだろう。サムは、旦那の分も、とか言いながら何も知らない私にケーキまで持たせて。どんな思いだったんだろう。

 

『忘れないで。』

 

あの言葉には、どれだけの想いを込めていたんだろう。

 

「彼は、昔からイヴのことが好きだったんだ、って言ってたよ。詳しくは聞いてないけど。ちょっと悔しかったしね。」

イアンは少し笑って、そして少し真剣な顔してこう言った。

「彼、試作品なんだけど、って言いながらイヴを元にデザインしたとかいう、ケーキのデッサン見せてくれたんだ。もうそれを見た瞬間何も言えなくなってね。これを公に出してもいいか、と聞いてきたよ。それを是非する権利はイヴにあるから、本人に聞いてくれと言ったけど。」

私が食べたそのケーキのデッサンを、イアンは誰よりも早く見たことになる。信用してるからって言ったサムの頭の中には、すでにイアンのことも考えておいてあったんだ。

「イヴそのものだったよ。とても純粋で綺麗なものだった。人の妻に手を出して何なんだと思っていたけれど、最終的には落ち着いて彼と話をしていたよ。その試作品の名前を聞いたら、『Spring Eve』って言ってたね。どこまでイヴのことを僕から取るんだ、と冗談半分で言ったけど、彼はそれに対して何も答えなかった。不審に思ったけど、時間がなかったからそのまま僕は帰ってきたよ。それだけだ。」

私は二つの時間…今日の私だけのサムと、イアンと過ごしたサムを行ったり来たりしながら、はっとしたときにはイアンが話を終えていた。

 

「あとはイヴ次第だけど、ちゃんと、決めてくれるね?まだ母さんに子どものことを言うのはやめておくから。」

 

そう言って、イアンは私の部屋を後にした。

サムとイアン。二人の顔がぐるぐる頭の中を回って、サムの純粋な気持ちに応えたくて応えたくて、でもそれはイアンを欺くことになるから、あってはいけないことで、それでもイアンが認めるくらいサムの気持ちはひたむきなもので…。

私はマリアが部屋に入ってくるなり、思わずどうすればいいか分からない、と泣き付いてしまった。何も分からずおどおどしながらも、マリアはそっと、奥様がよいと思う道へ進むべきです、とそう諭してくれた。

私の頭の中には、一人だけ、そう一人だけ…ぼんやりと立っている彼が見えた。

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