第十二話 ガラスの靴
第十二話 ガラスの靴
私はサムを凝視しながら、泣きたい気持ちを抑えて、この人とさよならしなければいけないということを再認識した。
「イヴさ。あげたいもんあるんだ。」
告白してからというもの、二、三分固まって動かなかったサム。吹っ切れた、というように、今度は私の横から立ち去って、棚のところをガサゴソし始めた。
「ちょっと前に、君にあげたいと思って。すぐに、来なくなっちゃったけど。」
彼はそう言って、小さな小包を私に手渡した。
『For You…』
そう書いてあるシールは少しはがれかけていて、ピンクの箱が見えていた。
「これ…。」
受け取れない、と思いながら、サムの笑ってる顔に押されて、戸惑いながらもその包みを開けていった。
「ガラスの靴のネックレス。イヴに似合うと思って。割れてない?大丈夫?」
サムは呆然とそれを見ている私の手から、そのガラスの靴を取った。小さくてかわいらしくて、消えてしまいそうに儚くて、サムの手の中で静かに言葉を待つそれは、今の私によく似ていた。
「でも、イヴ今日かなり綺麗なネックレスつけてる。高価そうだし。いらないなら、言って?」
サムは私の胸元で光る、イアンからの贈り物を見てそう言った。
「…やっぱ無理矢理でいいからあげる。」
一度自分で言ったはずの言葉を真っ向から否定して、私の手にそれを戻した。
「いいの?」
私は受け取ってからその言葉を発するまで、いろんなことを考えていた。
サムは、私の何がいいんだろう…、って。
こんなに綺麗な人が私を好きでいてくれたということが、なんとも表現しがたい、つらくて純粋な、そんな苦さを味あわせてくれた。こんなに純粋な感情は久しぶりだった。苦しいのに、その想いは吐き出すことも出来ずに、ただただ喉に出掛かる言葉と一緒に胸へ帰っていく。二重、三重とその思いが血液のように私の体を駆け巡ったころ、サムは私にこういった。
「忘れないで。」
思いにふけっていた私はその言葉の意味がよく理解できず、何?と聞きなおした。
サムは少しうつむいて、もう一度だけ小さな声で、
「忘れないで、俺のこと。」
とつぶやいた。
その日はもう夜になっていて、私は急いでタクシーに乗って家まで帰った。帰った途端に出迎えてくれたマリアは、心配しましたよ奥さ…あら、それはエーメリーケーキじゃないですか!!と嬉しそうに彼女なりの呼び方で、私の持っていたケーキを指差した。新作らしいわ、というと、本当に?という顔で、心配はどこへやら、すぐに私を部屋に連れて行ってその箱を開けた。
私はイアンに話があると伝えて欲しかったのだけれど、あまりにもうきうきしているマリアに水をさすようで悪いので、私はケーキを食べ終わるまで我慢していた。
その間にサムのことを話すマリアを現実へ取り残し、私は一人過去へと駆け上っていった。
『俺のこと忘れないで。』
サムはそういって、私が持っていたケーキの箱を持った。
『これ、開けてみて?ていうか開けちゃっていいかな。』
『うん…?』
私は意味が分からずにうなづくと、サムは器用にシールをはがして、中にあるケーキを上から見下ろした。
『これ、まだうちの店にも出してないんだ。』
そのうちのひとつ、今私が食べ終わったケーキを指差してサムはそう言った。
『いいの?外に持って行っちゃって。何があるか分からないよ。』
新作が外に出れば、十分コピーされる可能性が高いのに。サムはそれを意図していったのが分かったようで、
『大丈夫信用してるから。それに、それは君のためのケーキだから。』
と恥ずかしげもなく答えた。
『私のためって、ずいぶんかわいらしいデザインのケーキね。』
小さなかわいらしいイチゴとチョコレートで、花が綺麗に表現されている。
『もう、クリスマスじゃなくて、春だし。』
サムは花を描いた理由をそう言い、次に
『イヴにぴったりだと思うよ。』
と付け加えた。
『これと、忘れないでって、関係あるの?』
私は恥ずかしくなって、少し話題を変えてみた。つながりがないことを悟ったからだ。サムが話をそらすなんて、あまりないことだけれど。
『コンテストに、出すんだ。この作品。だからイヴに、これを一番に食べて欲しいんだ。』
『コンテスト…。』
『そう。だから、世界中で俺有名になれるかもしれないじゃん?だから忘れないでってこと。サイン欲しい?』
「奥様?」
いきなりマリアの声が耳に響いて、私ははっと現実に戻った。サムの笑った顔はそこにはなく、何か宙を掴んだような気分になった。
「旦那様がお見えです。」
ケーキを急いで片付けて、イアンを確認したマリアがそういって立ち去った。私は急な出来事に焦りを覚えながら、ゆっくりと席を立った。

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